「わたしは4才だった 誕生日のすぐ後 ハイファを追われた
何故 引っ越さなきゃいけないの? ママが言った『ユダヤ人に殺られちゃうよ』 家も街も祖国も なにもかも奪われた」
ライラのバラード
https://www.youtube.com/watch?v=b8I3kaGohZY
ハイファはPFLPの女性活動家(テロリスト)ライラ・カリドの故郷
アシュケロンはガザ地区からすぐの町で、ちょくちょくガザ地区からミサイルが飛んできます。
テルアビブから鉄道で地中海の街を見て周りました。
お洒落な建物が多い美しい街
しかし、パレスチナの葛藤を常に持つ街でもあります。
親米国家にはユダヤ人が祖国を取り戻した話
パレスチナ人には祖国を奪われた話。
写真
http://www.flickr.com/photos/marcy210/sets/72157624880030648/
Day 12010/07/11
エルサレムより→
https://www.compathy.net/tripnotes/989
テルアビブ駅
どこの駅でも美人女性兵士を見ることができます。
イスラエルは女性にも徴兵制が課せられます。
普通に通勤するかのように兵士の姿があります。
エジプトとヨルダン以外いつでもどこからでも戦争が始まる可能性は、日本では想像つかない状況。
しかし、日本領から米軍が消えたら?
自宅から軍服で勤務地に通う自衛隊員が現れるということでしょうか。
ハイファのビーチ
ハイジャック・クイーン、ライラ・カリドは子供のころここで遊んだのだろうか。
ライラは、1969年のハイジャックで上空から祖国を見たのだろうか。
はいチーズ。カメラを持つ彼氏にポーズをとる女性。
平和な光景です。
ハイファと地中海
この先はキプロス、トルコ、ギリシャ。。
ケーブルカーで丘に上り
ハイファを眺めることにしました。
ハイファの町と地中海
ナポレオン軍征服記念碑。
東ローマ、ペルシャ帝国、アラブ人が順に支配し、その後、十字軍、マムルーク朝(スンニ派)、オスマン帝国、ナポレオンが占領。見事に交互に占領されているハイファ。
Day 22010/07/12
テルアビブの建物
ラビン首相暗殺現場
ラビン首相は、1993年、パレスチナ解放機構のアラファト議長との歴史的な和平合意をし、1994年ヨルダンと平和条約調印。アラファトと共にノーベル平和賞を受賞した。
翌年ラビンここで演説中ユダヤ右派の青年に暗殺される。
日本のテレビや新聞でニュースを見た僕はショックを受ける。
ロシアと北方領土で同じことになれば同じ事件が日本でも起こるかもしれない。
ヘブライ語のマクドナルド
アシュケロン鉄道の終着です。
ガザに最も近いイスラエルの町、アシュケロン。
警備は厳重。
この約1週間後に、ガザからミサイルが飛んできたそうです。
アシュケロンの駅でパレスチナ人のタクシードライバーを雇う。丘から遠くガザ地区を望める場所へ案内してもらう。
駅前で警官やら駅員、運転手仲間に怪しまれたが、なんとか連れて行ってもらった。
デリケートな要望だったのでしょう。
地中海沿いのビーチ
夕方からストリートを始めるおっさん。
地中海の夕日
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