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新田浩之(Nitta Hiroshi)さんのログブック(旅行記)「クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル」

クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル

2010-09-19 - 2010-09-2116 Episodes
新田浩之(Nitta Hiroshi)
Travel Collector
新田浩之(Nitta Hiroshi)
  • 20s / male

ザグレブから3泊4日のスケジュールでクロアチア東部、スラボニア地方の町、オイシェク、ヴコヴァルに行きました。ヴコヴァルはクロアチアの歴史を語る上で外せない町です。セルビアを中心とする旧ユーゴ軍がヴコヴァルを攻撃し、多くのクロアチア住民が亡くなりました。今でも、「校外学習」としてほとんどのクロアチアの学生はヴコヴァルを訪れるそうです。

ザグレブからオイシェクへは列車で4時間~5時間。オイシェクからヴコヴァルへは1~2時間です。

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Day 12010/09/19

Željeznički kolodvor Osijek Osječko-baranjska županija, Croatia

Željeznički kolodvor Osijek(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

首都ザグレブから鉄道で5時間30分。オイシェク駅に着きました。普通列車ですと5時間30分。急行列車だと4時間30分かかります。さすがに、観光客はゼロでした。この写真を撮影した後、雨が降ってきて大変な思いをしました。

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  • Budget:2300USD

Hostel Tufna Osječko-baranjska županija, Croatia

Hostel Tufna(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

忘れもしないHostel Tufna このホステルにたどり着いた時、誰もいなかったので90分間、じっと待ちました。すると、スタッフが来ましたが、説明はたったの数分。衝撃でした。10人部屋でしたが、結局、私しかいませんでした。料金は3泊分です。行き方は駅から徒歩20分です。

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  • Budget:5100USD

Day 22010/09/20

Trg Sv. Trojstva Osijek-Baranja County, Croatia

Trg Sv. Trojstva(Osijek-Baranja County, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

旧市街の広場です。観光客はゼロ。現地住民しかいないので、「何でこんなところに来たの」というような視線で見られました。まあ、無理もないですね。静かな平日の朝です。

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Crkva sv. Petra i Pavla Osječko-baranjska županija, Croatia

Crkva sv. Petra i Pavla(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

旧市街から離れるとシュタルチェヴィッチャ広場があり、そこに赤で大きな教会がドンと建っています。この教会は聖ペテロ・パウロ教会で、1890年に建てられたネオ・ゴシックスタイルです。あまり、歴史を感じさせる教会ではありません。

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Trg Ante Starčevića Osječko-baranjska županija, Croatia

Trg Ante Starčevića(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

教会前の広場はこんな感じで、街の中心になっています。もちろん、ショッピングセンターが立ち並び、家族連れで賑わっています。路面電車もここで折り返します。駅からだと遠いので路面電車を利用しましょう。

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Ulica Adama Reisnera Osječko-baranjska županija, Croatia

Ulica Adama Reisnera(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

オイシェクには歴史的なユニークなモニュメントがあります。代表的なモニュメントがこれ。これは旧ユーゴ軍が侵攻した際に、赤い車で対抗したという事実に基づいた歴史的モニュメント。オイシェクも旧ユーゴ軍の攻撃をもろに被った街なのです。

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Trg Slobode Osječko-baranjska županija, Croatia

Trg Slobode(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

これもユーゴ紛争の歴史に基づいたモニュメント。これだけ見ると何のモニュメントか分かりませんね。ちなみに、オイシェクのインフォメーションセンターなどにあるガイドブックにはこれらの歴史的モニュメントの解説が掲載されています。必ず手に入れましょう。

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Trg Slobode Osječko-baranjska županija, Croatia

Trg Slobode(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん) - 02

この像の前にはこのような壁があります。この壁は紛争での苦難を表してします。しかし、壁と壁には隙間がありますね。ここで人は自由に隙間を通れます。これは、そんな状況下でも自由という望みがある、ということを表しています。

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Park Oscara Nemona Osijek-Baranja County, Croatia

Park Oscara Nemona(Osijek-Baranja County, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

これは、第二次世界大戦に関するモニュメント。クロアチアではナチスドイツの傀儡政権がありましたが、それに対抗したのがチトー率いるパルチザン部隊。この像は戦争で亡くなった方、そしてパルチザンの活躍を記念した碑です。旧ユーゴ時代に建てられました。

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Vukovarska ulica Osječko-baranjska županija, Croatia

Vukovarska ulica(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

さて、クロアチアの街を歩くと、かなり高い頻度で「ヴコヴァル通り」という通りを見つけるでしょう。クロアチアにとって、ヴコヴァルは旧ユーゴ紛争を象徴する街なのです。なので、「あの時の紛争を忘れない」という歴史的な意味合いが込められているのでしょう。

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Ulica Stjepana Radića Osječko-baranjska županija, Croatia

Ulica Stjepana Radića(Osječko-baranjska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

クロアチアにはオーストリア・ハンガリーに統治されていたので、オーストリアで見られるような建物があります。このような建物はセルビアでは見られませんね。ちなみに、オイシェクにいた時、ずっとこのような天気でした。

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Day 32010/09/21

Pekarnica Luka Vukovarsko-srijemska županija, Croatia

Pekarnica Luka(Vukovarsko-srijemska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

さて、オイシェクからバスで1時間。ヴコヴァルに着きました。まず、街の中心の広場にあるのは、おなじみのフラーニョ・トゥジマン。トゥジマンはヴコヴァルが攻撃された後にここでスピーチ。割と有名なシーンです。

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Pekarnica Luka Vukovarsko-srijemska županija, Croatia

Pekarnica Luka(Vukovarsko-srijemska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん) - 02

ここはクロアチアでも「聖地」みたいな場所です。クロアチアの歴史にとっても重要な場所です。向こうの十字架がクロアチア紛争を記念する碑が建っています。ちなみに、ドナウ川を挟んだ向こう側はセルビアです。わざわざセルビアに見えるように建てんでも、と思ってしまいます。

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Pekarnica Luka Vukovarsko-srijemska županija, Croatia

Pekarnica Luka(Vukovarsko-srijemska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん) - 03

さて、この十字架はクロアチア各地で見られます。実はクロアチアはキリスト教カトリックです。なので、正教のセルビアとは異なる十字架なのです。言い換えれば、クロアチアらしさがよく出ているモニュメント。もちろん、セルビア人は近寄れないゾーンです。

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Mjesto sjecanja Vukovarska Bolnica Vukovarsko-srijemska županija, Croatia

Mjesto sjecanja Vukovarska Bolnica(Vukovarsko-srijemska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

病院博物館にある十字架です。ヴコヴァルには紛争の時に使われた(現在も使われている)病院の建物の中に博物館があります。紛争の時の様子がリアルに感じられます。何せ、まだ紛争が起きて約25年しか経っていませんからね。なお、博物館は平日の1時から3時まで。事前に電話予約が必要です。

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Vukovar Vukovarsko-srijemska županija, Croatia

Vukovar(Vukovarsko-srijemska županija, クロアチア)|クロアチアの歴史をたどる旅、オイシェク、ヴコヴァル(新田浩之(Nitta Hiroshi)さん)

2011年の時はこのような建物が残っていました。噂によると、記憶・歴史を風化させないために、わざと残しているとか。とにかく、二度とこのような悲しい歴史が繰り返されないことを祈るばかりです。

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一番のアイコン、ポドガリツァにあるモニュメント。たどり着くのも楽ではない。わかるのは村の名前。最寄駅はポポバチャと言ってザグレブから電車で1時間20分。そこから山へ向かってアップダウウンを繰り返しながら歩く。片道徒歩3時間、往復で6時間。これはキツすぎるので、ホステルでダンボールをもらい村の名前と駅の名前をそれぞれ書いて、ヒッチハイクを期待しながら歩いた。駅から離れれば離れるほど車は減って、しかもみんな首を横に振る。人生初のヒッチハイクは恥ずかしくて、失敗に終わった。諦めた僕はダンボールを折り曲げてバックパックに詰め込んだ。そして2時間半ほど歩いたころか、僕の前に大きな青いトラックが止まった。中から腕っ節の強うそうなおじさんが出てきて、現地語でなにかを言っている。僕は理解できなかったので、もしかしたらと思い必死に「ポドガリッツア!」と叫んだ。すると腕を引いて乗れというのだ。 なんという幸運だろう。ブルートラックはものすごい勢いで道をかける。馬は道の隅でこちらを眺めるし、農夫なんかは笑いながら手を振る。あっという間に村についた。僕は「フバーラ(ありがとうの意味)」と言っておじさんと別れた。

Travel Collector: Sougaku

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