【エリトリア旅行体験記】未だ戦跡が残るエリトリアで、平和の尊さについて考えた

アフリカの角「エリトリア」。この国では少し前までエチオピアとの国境あらそいがありました。それは戦争状態にまで発展し、戦争が終わった今も現地を訪れれば戦火の跡が見て取れます。この生々しい戦跡を通じて平和を考えてみましょう。

こんにちは。Compathy Mgazine ライターの阿佐智です。
アフリカのイメージはどんなでしょうか?「危険」「テロ」「伝染病」……。他地域のイメージに比べてネガティブなものが多いのではないでしょうか。そのイメージが旅人を遠ざけているのも事実でしょう。

確かに誰もが好むような、今風に言えば「インスタ映え」するようなスポットが少ないアフリカよりも、安心して旅行できるアジア、ヨーロッパ、アメリカなどの方に多くの人の足が向くのも当然かもしれません。

 

エリトリアで平和について考えてみた

筆者撮影

私はこれまで20回近くアフリカに足を運びました。
正直、シャッターを切る回数はアフリカより他の場所を旅しているときの方が多いです。何もない、一面のサバンナを車で移動する日などほとんどカメラを手にすることがない日もありました。

一方、大自然や遺跡、町並み以上にカメラを取る手に力が入るのが、日本では目にすることの少ない戦争の跡です。アフリカで見る戦跡は、モニュメントが建造された史跡としてのそれではなく、つい数年前までまさにそこで生死をかけた争いが行われていた、いわば「生」の戦いの跡です。

今回は、エリトリアで見たそんな戦跡を通して平和について考えたいと思います。

 

建国以来戦争にさいなまれてきた国、エリトリア

戦争を実感したエチオピアの旅

私が、エリトリアがまさに戦争に巻き込まれていることを実感したのは、17年前、エチオピアを旅しているときでした。

石窟教会で有名な世界遺産・ラリベラを訪問すべく、ウェルディアという町に投宿していたところ、そのゲストハウスに居た他のラリベラを目指す宿泊客たちが大騒ぎしていたのです。

「明日ラリベラへ行くバスがない」。

聞けば隣国・エリトリアとの戦争のため、兵士を輸送する車として周辺一帯のバスが徴発されているらしいのです。

 

建国以来戦争に巻き込まれているエリトリア

私はエリトリアという国が、エチオピアとの独立戦争の結果生まれた国であることは知っていましたが、その後も戦争をしていたことは知りませんでした。当時、国境紛争が両国の戦闘に発展していたのです。

「おいおい、じゃあいつになったらラリベラまでたどりつけるんだ」と半ば絶望的な思いを抱くとともに、そもそもこの辺りは大丈夫なのかという不安にも襲われました。

幸い、翌日数日ぶりのバスが出ることがわかり、その日本の通勤ラッシュ並みのすし詰め状態のバスで100キロ足らずの道を丸一日かけてラリベラにはたどり着くことができました。しかし帰りもバスはなく、村中を駆けずり回って、ウェルディアへ戻る車を確保し、なんとか戻ることができました。

 

「戦後」はまだまだ終わっていない

筆者撮影

そしてその数か月後、私はアラビア半島のイエメン(現在はここが戦火となっていますが)の港町、アルマハにいました。ここで目にしたのは、朽ちかけた倉庫を利用した難民キャンプでした。ここに難を逃れていたのは、エリトリアからの人々でした。

私がエリトリアを訪ねたのは、その9年後。周辺諸国との「戦争」は終わっていましたが、この国の「戦後」はまだまだ終わっていませんでした。

 

エリトリア各地に残る戦跡

この国で、銃痕を見ることは珍しくありませんでした。
首都アスマラや港町マッサワの通りに並ぶビルなど、いたるところにあります。銃痕どころか、戦争で破壊された建物がいまだ放置されていることもしばしばです。

 

戦争の凄まじさを感じる建物

筆者撮影

マッサワの「旧皇帝宮殿」などは戦争のはげしさを示すモニュメントとも言えるでしょう。

改修して博物館にする話もあるそうですが、そのまま残しておいてもある意味ではいいかもしれないと個人的には思います。エチオピアとの国境近く、サナフェでは爆弾の熱ででしょうか、鉄筋がぐにゃりと曲がり崩れ落ちた建物を目にしました。

筆者撮影

 

戦車が展示されている広場

筆者撮影

日本ではなかなか目にすることの少ない戦車も、よく見かけます。マッサワの町の中心の広場には、この戦車を利用した「戦勝」モニュメントがあります。

現在では大砲から噴水が出てくるというこのモニュメントからは、なかなか戦争の怖さは伝わりにくいですが、首都アスマラの町はずれには廃車になった戦車がバスや自家用車とともに放置されている一角があります。

ここに足を運べば、この国の人々にとって「戦争」が決して過去のものではないと実感できます。

 

おわりに

以上、今回はエリトリアに残る戦争の跡をご紹介しました。移動そのものが醍醐味のアフリカの旅にあって、定番のアフリカ縦断コースからも外れたこの国は、訪れる人も少ないです。

戦乱から立ち直ったこの国には、いまだ「戦争」が息づいています。国内各地に残る、同じ「アフリカの角」に位置するソマリアからの難民キャンプもそのひとつでしょう。

この国を自分の足で歩いてみて、「平和」の尊さを考えてみるのもひとつの旅のあり方ではないでしょうか。

阿佐智

阿佐智

188か国を渡り歩いた放浪人。残りは非承認国家含めて11か国。かなり入国困難なところが残っているのが悩み。



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