激動のアフリカ旅行体験記!「幻の国」ソマリランド共和国のあらましと行き方

こんにちは。Compathy Magazineライターの阿佐智です。 皆さん、ソマリランドという国を知っていますか。残念ながら日本の地図には存在しない、いわゆる未承認国家です。 今回は、2011年に実際に私自身が入国した体験をもとにして、この国のあらましと行き方をご紹介したいと思います。

ソマリランドという国

ソマリランド共和国国旗

ソマリアと言う国の名前を聞いた人は多いと思います。泥沼の内戦が40年来続いているこの国ですが、多民族国家の多いアプリカにあって、遊牧民族のソマリ人単一国家として、かつては比較的安定が保たれると予想された国でした。しかし言語・文化などが同一の集団でありながら、ソマリ人は血統に基づく部族意識が非常に強く、この部族間の対立がついに1980年代に爆発してしまいました。

 

ソマリランドの位置

 

「自称国家」ソマリランド共和国の自治と入国

アメリカ映画『ブラックホークダウン』で有名なソマリアですが、その内戦の結果としてできた自称「国家」がソマリランド共和国です。
とはいえ、いまだ事実上無政府状態のソマリアに比べ、こちらはきちんとした選挙で選ばれた議員からなる議会や政府が存在し、平和が保たれています。現在では国内の移動がかなり制限されているようですが、入国は可能なようです。

 

「ソマリランド共和国」の独立まで

ソマリランドが独立するまでの道のりは、単一民族国家とは言え事情は複雑でした。そもそもソマリ人は、ソマリア領内にだけでなく、ケニアやエチオピアにも居住しています。
特にエチオピアの場合、鍵型に曲がっているソマリアの国土に囲まれている地域がそっくりそのままソマリ州となっています。
西隣のジブチは、かつてフランス領ソマリランドと呼ばれていました。おまけにソマリアは、帝国主義の時代、鍵型の国土の東西に長い地域がイギリス領ソマリランド、南北に長い縦長の地域がイタリア領ソマリアとなっていました。

独立後は、もともとが遊牧民であるため、各部族はそもそも国家というものの支配を受ける習慣がなく、他の部族が中心となった政府に、おいそれと従うものではなかったのです。結局この泥沼の内戦の中、1991年に旧イギリス領地域が、「ソマリランド共和国」として一方的に独立を宣言し、今に至っています。

 

2011年当時のソマリランドへの行き方

アジスアベバにあるソマリランドのリエゾンオフィスの看板(2011年当時の写真)

 

国境越え

さてこのソマリランドへの行き方ですが、「建国」直後は、ジブチからのルートが1番入りやすいルートでした。ここにソマリランド政府の事務所がありビザも取れたのです。私は2000年にこのルートから入国を試みましたが、なにぶんネットなどない時代。情報不足で事務所を見つけることができず、それでも、フロントガラスのない乗合自動車に乗って国境まで行き、実際にその国境越えました。

 

ビザ発給はOKとなるも、高額な金銭要求に断念

日没近くに着いたソマリランド側のイミグレでは、ビザ発給について、翌日に首都ハルゲイサと連絡を取ってから出すと言われ、結局、その日は国境のその村で1泊しました。翌朝、ビザ発給にはOKが出たのですが、ハルゲイサまでの車を用意してやるからと言うことで、かなり高額の金銭を要求されたのでそれ以上進むのを断念しました。

 

現在のソマリランドへの入国

現在のところソマリランドへのメインゲートはエチオピアとなっています。アジスアベバの空港近く、ボレ・ミカエルというところがソマリ人町になっており、ここからソマリ州の州都ジジガまでのバスや乗り合いワゴンが出ています。またここからもさほど遠くない、空港と市街を結ぶエアポート・ロード沿いから少し入ったところにソマリランドのリエゾン・オフィスと呼ばれる事務所があります。ここでソマリランドへのビザが即発給されます。

ソマリランドの首都ハルゲイサの方にも、エチオピアのリエゾン・オフィスがあり、ここでエチオピアに戻ってくるビザも即日発給されます。ただし、こちらのほうはソマリランド政府のイミグレーション・オフィスでレターを発行してもらう必要があります。エチオピアのリエゾン・オフィスの受付は午前中までなので、朝早くから行動した方が良いでしょう。

 

ソマリ州の州都ジジガまでの行き方

ワジャレ国境のイミグレーション

ジジガまでですが、大型バスは昼行、夜行便はミニバスかワゴン車になります。私の場合、夜行便のワゴン車が午後5時半にボレ・ミカエルを出発。翌朝5時にジジガに着きました。到着ターミナルから国境行きのミニバス乗り場までは少々距離があり、三輪タクシー利用となります。

 

国境の町ワジャレまでの行き方とソマリランド入国手続き

国境の町ワジャレ

国境の町、ワジャレまでは快適な舗装路を約1時間。到着後、まずエチオピア側のイミグレで出国印を押してもらい、そのままメインロードを歩いていくと、いよいよ国境越えとなります。ソマリランドの国旗が描かれているイミグレーションがあり、ここでソマリランドの入国手続きを済ませます。とくに問題もなく、極めてスムーズでした。それが済んだ後は、イミグレ事務所前から首都ハルゲイサ行の乗合自動車に乗ります。ここから1時間半ほどで、ハルゲイサに到着します。

以上、地図上にない国、ソマリランドのあらましを紹介しました。正直、アフリカの中では旅行しやすい国です。時間と体力、そして気力のある人は、是非チャレンジしてみて下さい。

 

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激動のアフリカ。ここ25年来無政府状態のソマリアに、現在泥沼の内戦に突入している南スーダン。日本には危険なイメージしか伝わってきませんが、そこにも人々の生活があります。ここからは、6年前に訪ねた、東アフリカの旅の記録をご紹介します。

■Compathyログブック(旅行記)ページ
東アフリカ・紛争地を行く1:エチオピア・アジスアベバからソマリの国へ向かう

 
作者: 阿佐智

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阿佐智

阿佐智

188か国を渡り歩いた放浪人。残りは非承認国家含めて11か国。かなり入国困難なところが残っているのが悩み。



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