「シリアより素晴らしい国はない」シリアの今と昔と未来を考える(中編)

前編では、「平和、豊か、家族」がよく似合うシリアの日常をお伝えいたしましたが、本当に「人に親切にするのが趣味」と言わんばかりの国民性を持つシリアの人たち。しかし現在、人口の半分以上の人が以前いた土地を離れざるを得なくなっています。そうした彼らの今を知るために僕が訪れたのがヨルダン、イラク、トルコ、ギリシャです。

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アッサラームアライクム(アラビア語の挨拶で「あなたの上に平穏を」の意味)!

「シリア難民の今」を知る旅をするCompathy Magazineライターのへむりです。

前編では、「平和、豊か、家族」がよく似合うシリアの日常をお伝えいたしましたが、本当に「人に親切にするのが趣味」と言わんばかりの国民性を持つシリアの人たち。

彼らは、自分たちの国、土地、家族が大好きなのです。しかし現在、人口の半分以上の人が以前いた土地を離れざるを得なくなっています。元々の人口2200万人のうち、海外で難民となったのが420万人、国内避難民が760万人以上となっています。(参照:UNHCR)。

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Photo by Mercy Corps

そうした彼らの今を知るために僕が訪れたのがヨルダン、イラク、トルコ、ギリシャです。

青年海外協力隊として平和な頃のシリアに住んだ経験があり、現地語であるアラビア語を話せる僕が、断片的ではありますが、実際に目にし、耳にしたことをお伝えしたいと思います。多くの人が疑問に思う「なぜ彼らはシリアを離れるのか」「難民はどんな生活をしているのか」「なぜヨーロッパを目指すのか」「彼らが望んでいるものは何なのか」という4つの疑問を中心にお答えしていきます。

なぜ彼らはシリアを離れるのか

ネット上で、難民に対して「母国を捨てた人たち」「お金目的で難民を選んでいる」という意見を見たことがあります。

しかし実際に会ったシリアの人たちが語る、シリアを離れた理由は違いました。

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Photo credit: A little help is enough(僕が実際にトルコで出逢った団体。シリア難民である彼は、この団体を通してトルコからシリア国内の教育のために活動しています)

その理由の一つが、空爆によって命が危険に晒されていることです。それに加えて、こうした破壊によって日常生活を送れなくなっているのです。

商売をやっていた人たちの店が破壊され、農業をやっていた人の農地が荒廃し、商売どころではなく、農作物の値段も騒乱後に10倍以上になっています。

水や電気などの公共サービスは遮断され、医療や教育に関する施設が破壊されてることに加えて、医師や先生たちへの給料が未払いになっているなどの理由で、多くの人が危険を避けるために国内外に避難しています。

またシリアの中にある対立は非常に複雑です。シリア政府軍、自由シリア軍、クルドの人民防衛隊(YPG)、ダーイッシュ(IS)、ヌスラ戦線などが入り組んだ状態で対立しています。

「反政府軍」と言ってもその中での軍事的衝突があり、国外に出ているシリア人男性の中では自由シリア軍の人気は高いと感じましたが、彼らもまた「民主的な政治を望む人たち」と「単純に破壊をしたい人たち」が入り混じっているそうです。

こうしたシリア国内で活動する組織に対して、アメリカ、ロシア、サウジアラビアなどを筆頭に、世界中から経済的支援、軍事的支援などが表向きと裏向きの双方からなされています。

また、相対する国々が、メディアを使って情報操作をしているので、真実がまるで見えなくなっており、シリア難民の人たちから話を聞いていても、その人の数だけの「真実」があるような状況です。

この状況を、僕の出逢ったシリアの人たちは「第三次世界大戦だ」と言っていました。

「実際に血を流しているのは我々シリア人だけども、戦争を望む人たちがいて、彼らがシリアで戦争を生み出し、長引かせようとしている」と。

日本のメディアでは、「内戦」という言葉を使うことによって、こうした実情が隠されているような気がします。

また欧米や湾岸諸国が、いわゆる「アラブの春」に介入していたことも明らかになっているのだとか(※)。シリアの「民主化運動」も同様です。アラブで起こった「独裁政権に対抗する市民運動をきっかけにした内戦」という筋書きは、外国勢力が生み出したように僕は思います。

(※)参考:『イスラーム国』(アブドルバーリ・アトワーン)、『報道されない中東の真実』(国枝昌樹)

「このまま、ここにいても希望はない。仕事がなく、生活できなくなって、ゆっくり死ぬくらいなら母国で空爆で死んだほうがマシだと言って、シリアに戻る人も見てきたわ」と、シリア難民支援のNGOで働くスタッフ(彼女もシリア難民)が話していましたが、こうした意見はイラクでもヨルダンでも聞きました。

ただ、トルコでは、大学に無料で通えていたり、難民支援のNGOで働いていたり、溢れかえるシリア難民のためにアラビア語を話せるシリア難民をレストランで雇うこともあったりと、「トルコでの生活には、(比較的)満足している」という声をよく耳にしました。

とは言うものの、英語を話せる人材やトルコ語を習得できた人以外は、仕事を見つけることは決して簡単ではないようです。

難民はどんな生活をしているのか

では、難民となった人たちは、どのような生活をしているのでしょうか。難民キャンプの状況に対しては、それぞれの国の方針が大きく関係しているようです。

例えば、イラク国内のクルド人自治区の、ある難民キャンプの場合、与えられるのはキャンプの中のテントのみ。壁のある家を作るのであれば、自分たちでお金を払ってセメントやブロックを購入しなければなりません。

また、そうした家の売買も難民の人たち同士で行われています。食事などの支給もないため、キャンプ外に働きに行く必要があります。キャンプの入り口に車がやってきて、日雇い労働者を必要とする現場に連れていくそうです。

トルコやヨルダンの場合、フードクーポンが支給されますが、多くの難民の人たちは「不十分」だと言っていました(特に長期化していく中で減額されている状況です)。なので、これらの国でもキャンプ外に仕事を求めるそうです。

ただし、ヨルダンでは労働が公には認められておらず、非常に不利な条件で、隠れて働く人たちが多くいます。

僕も、イラクとヨルダンの難民キャンプに入ることができました(入るには許可が必要です。僕はNGOの方と一緒に入りました)。キャンプ内には八百屋、服屋、雑貨屋、テイラー、携帯ショップなどが立ち並んでいます。学校、モスク、保健センター、コミュニティセンターや結婚式場までありました。ヨルダンのキャンプ内では、家庭菜園をしている人もいて「自分たちの手で少しでも生活を改善したいんだ」という言葉が印象的でした。

しかし、実は、そうした難民キャンプより遥かに多くの難民の人たちがキャンプ外で生活しています。例えばヨルダンの場合、シリア難民の80%がキャンプ外で生活しています。

トルコのようにキャンプの定員が満員のための外に出ることもあるのですが、キャンプでの生活に不満を持って外に出るケースが非常に多いと聞きます。

水はけの悪さ、プライバシーの問題やキャンプ内での盗難などの問題もありますが、僕が聞いた最も多い理由は「働かずに、家を与えてもらい、ただご飯を食べるというのは人間の生活じゃない」というものでした。自分で働いて、そのお金で家族を養いたいのです。

とはいえ、トルコ・イラク・ヨルダンでのキャンプ外の生活は非常に厳しいと言わざるを得ません。もともとシリアは野菜やホブズ(主食の薄いパン)など、生活必需品の物価が非常に安く、自分たちの家を持って生活していました。しかしここでは家賃も高く、食べ物などの値段もシリアに比べたら非常に高いのです。金銭的にキャンプ外で暮らすのは、かなり難しいのかもしれません。

(次回につづく)

ライター:へむり。
Photo by: Takayuki Nakano「シリア難民を巡る旅〜フランス編『イギリスを目指して…。男たちは希望と絶望の中で生きる』

へむり。

へむり。

現地人に間違われるのが得意の大阪人。皆が行くところより、皆が行かないところが好き。アフリカと中東を周って、現地在住者に聞く「ガイドブックの外側」をテーマに記事を書いていきます。ブログ: Idea Journey



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