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Ялта

Ялта(, ウクライナ)の口コミ情報と旅行記、Ялтаまでの行き方や地図をまとめています。Ялтаの他にも、 ウクライナのおすすめスポットを紹介しており、みんなの口コミから自分だけの旅行プランを立てることが可能です。

Ялта(ウクライナ)|東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!(Yuichi Kudoさん)
Yuichi Kudo

クリミア半島のヤルタへ。 クリミア半島とは黒海の北岸にある半島です。 1991年の独立以来ウクライナに属していたが、2014年のクリミア危機でロシアへの編入の是非を問う住民投票が実施されて以降、帰属について国際的な係争状態にあります。 写真はツバメの巣と呼ばれるヤルタのシンボル。 1911年に創建されたアイ・トドール岬の先端に建つ小さな宮殿で、現在はレストランとして営業しています。

『 東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました! 』より Ялта

Ялта(ウクライナ)|東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!(Yuichi Kudoさん) - 04
Yuichi Kudo

チェーホフの家博物館です。 作家アントン・チェーホフもヤルタをこよなく愛し、19世紀末にヤルタを舞台にした「犬を連れた奥さん」という小説を執筆しています。 またチェーホフが住んでいた別荘も、現在博物館として公開されています。 病弱だったチェーホフが、温暖な気候、美しい海、澄んだ空気の中で、いかにインスピレーションをかきたてられたかを知ることのできる、貴重なスポットです。

『 東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました! 』より Ялта

Ялта(ウクライナ)|東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!(Yuichi Kudoさん) - 02
Yuichi Kudo

ヤルタのリヴァーディア宮殿です。 有名なヤルタ会談が行われたことで有名です。 宮殿の建つヤルタ郊外のリヴァディアはかつてロシア帝国の領土でした。 1834年にポーランド人であるポトツキ家の所有となり、レオン・ポトツキは宮殿、カトリックの礼拝所、庭園を作り、ポトツキ公園と呼ばれました。 ポーランド1月蜂起を経てポトツキ公園は1860年代からはロマノフ家の手に渡りロシア皇帝の避暑地となっていました。 紛争の歴史を感じます。

『 東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました! 』より Ялта

Ялта(ウクライナ)|東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!(Yuichi Kudoさん) - 03
Yuichi Kudo

リヴァディア宮殿内部の見学後は宮殿庭園を散策。 目の前に広がる鮮やかなブルーの黒海が印象的でした。 黒海はヨーロッパとアジアの間にある内海で、大西洋の縁海(地中海)の一つであるとか。 マルマラ海を経てエーゲ海、地中海に繋がっているようですよ。 ヤルタを見学後、航空機にてウクライナの大都市キエフに向かいました。

『 東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました! 』より Ялта

Ялта(ウクライナ)|東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!(Yuichi Kudoさん) - 05
Yuichi Kudo

ヤルタは、どこへ行っても美しい海と山が臨めます。 地元の人たちも、キエフやモスクワの人とは全然違った穏やかな表情をし、流れゆく時間に身をゆだねて、生活している様子がうかがえます。 現在のヤルタは、ロシア人、ウクライナ人の新たなリゾート地として観光化がすすみ、メインストリートの「レーニン海岸通り」には有名ブランドショップやお洒落なレストランが立ち並んでいるんですよ。

『 東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました! 』より Ялта

  • エピソード・口コミ(5)

    2011.07.29 に訪問

    クリミア半島のヤルタへ。 クリミア半島とは黒海の北岸にある半島です。 1991年の独立以来ウクライナに属していたが、2014年のクリミア危機でロシアへの編入の是非を問う住民投票が実施されて以降、帰属について国際的な係争状態にあります。 写真はツバメの巣と呼ばれるヤルタのシンボル。 1911年に創建されたアイ・トドール岬の先端に建つ小さな宮殿で、現在はレストランとして営業しています。

    最終更新:2017.06.26 09:17
    旅行記 『東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!』 より
    2011.07.29 に訪問

    チェーホフの家博物館です。 作家アントン・チェーホフもヤルタをこよなく愛し、19世紀末にヤルタを舞台にした「犬を連れた奥さん」という小説を執筆しています。 またチェーホフが住んでいた別荘も、現在博物館として公開されています。 病弱だったチェーホフが、温暖な気候、美しい海、澄んだ空気の中で、いかにインスピレーションをかきたてられたかを知ることのできる、貴重なスポットです。

    最終更新:2018.06.15 03:41
    旅行記 『東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!』 より
    2011.07.29 に訪問

    ヤルタのリヴァーディア宮殿です。 有名なヤルタ会談が行われたことで有名です。 宮殿の建つヤルタ郊外のリヴァディアはかつてロシア帝国の領土でした。 1834年にポーランド人であるポトツキ家の所有となり、レオン・ポトツキは宮殿、カトリックの礼拝所、庭園を作り、ポトツキ公園と呼ばれました。 ポーランド1月蜂起を経てポトツキ公園は1860年代からはロマノフ家の手に渡りロシア皇帝の避暑地となっていました。 紛争の歴史を感じます。

    最終更新:2017.06.26 09:17
    旅行記 『東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!』 より
    2011.07.29 に訪問

    リヴァディア宮殿内部の見学後は宮殿庭園を散策。 目の前に広がる鮮やかなブルーの黒海が印象的でした。 黒海はヨーロッパとアジアの間にある内海で、大西洋の縁海(地中海)の一つであるとか。 マルマラ海を経てエーゲ海、地中海に繋がっているようですよ。 ヤルタを見学後、航空機にてウクライナの大都市キエフに向かいました。

    最終更新:2017.06.26 09:17
    旅行記 『東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!』 より
    2011.07.29 に訪問

    ヤルタは、どこへ行っても美しい海と山が臨めます。 地元の人たちも、キエフやモスクワの人とは全然違った穏やかな表情をし、流れゆく時間に身をゆだねて、生活している様子がうかがえます。 現在のヤルタは、ロシア人、ウクライナ人の新たなリゾート地として観光化がすすみ、メインストリートの「レーニン海岸通り」には有名ブランドショップやお洒落なレストランが立ち並んでいるんですよ。

    最終更新:2017.06.26 09:17
    旅行記 『東欧諸国の穴場、ウクライナにいってきました!』 より
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