首都、ベオグラードから列車で90分。セルビアのノヴィ・サドを訪れました。ノヴィ・サドはヴォイヴォディナ自治州の州都になります。ヴオィヴォディナには28もの民族が住んでいると言われています。人口統計によると、2011年のデータで、セルビア人68%、ハンガリー人13%、スロバキア人2.6%、クロアチア人2.5%となっています。ノヴィ・サドにはそれを示すかのように、数多くのタイプの教会があります。訪問した教会を案内します。
2015-10-24 - 2015-10-24 , 1days
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セルビアのベオグラード&ノビサドの女子一人旅、夏旅行記です。 ノビサドでは大人気ミュージックフェス「EXIT」に参戦!ベオグラードではお洒落なカフェ巡り。グルメも。 レイルヨーロッパやユースホステルを活用し、東欧の友達もたくさんできました。 【トラベルライター/旅ブロガー KANA】 ★オフィシャル旅BLOG http://jetsettravellife.com/ ★プロフィール https://jetsettravellife.com/plofileworks/ ★インスタ@JETSET TRAVEL LIFE https://www.instagram.com/jetsettravellife/ ★フォトグラファーHP https://kana-photoartist.com/
2015-07-09 - 2017-03-01 , 602days
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旧ユーゴスラビア、現セルビアの首都ベオグラード。 2006年6月5日セルビア・モンテネグロも解体した1ヵ月後に訪問。独裁者ミロシェビッチも死んだ直後でした。 紛争自体は1999年の空爆で決着がついているので、それとは少し遅れての訪問となりました。 https://www.youtube.com/watch?v=iV0m7abAJUA NATOが空爆したビルはそのまま残されています。 コソボのセルビアからの独立を支援したアメリカ。 2014年ではクリミアのウクライナからの独立、ロシアへの編入に反対したアメリカ。 大国のダブルスタンダードの象徴がここにあります。
2006-07-20 - 2006-07-21 , 2days
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北部以外は落ち着きを取り戻したコソボ共和国。街中アルバニアの旗、戦没者の慰霊碑、そしてアメリカ国旗でいっぱいです。 数少ない心から親米のムスリムコソボのアルバニア人。 イスラムvsアメリカというステレオタイプはここでは通用しません。 未だ勢力が拮抗している北部への入境も果たしました。 写真 http://www.flickr.com/photos/marcy210/sets/72157639725426005/
2013-09-15 - 2013-09-20 , 6days
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ハンガリーのブタペストから列車で、セルビアの首都、ベオグラードに入りました。ここで、旅の半分を終えたのです。ベオグラードはとても活気のある街、クラクションがうるさい街です。不思議なことは、人口150万人の街でありながら、地下鉄がないこと。路面電車は渋滞に巻き込まれて、なかなか来ません。街全体が交通マヒになっています。また、チトーのお墓があるのもベオグラード。ベオグラードはユーゴスラヴィアの首都でもありましたから。もちろん、きちんとお墓参りました。
2015-10-22 - 2015-10-24 , 3days
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スポメニックの旅も中盤。ボスニアヘルツェゴビナからセルビアのウジツェへ。周りを山に囲まれた小さな街の近くにカディンニャカ(Kadinjača)はある。
2013-10-02 - 2013-10-02 , 1days
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