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Museo Frida Kahlo Museo Frida Kahlo

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 06
Eika Akasaki

博物館にはフリーダの絵だけではなく、作品や遺品、実際に使っていた物など、様々なものが展示されています。 これは彼女が作成した物かは失念しましたが、彼女をとてもよく表している物だと思います。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 07
Eika Akasaki

血の流れた心臓には、無数の針が刺さっています。 幼少期の病気、想像を絶する事故、その後遺症に苦しまされた彼女の人生は、常に「死」を感じずにはいられなかったはずです。 それに加えて、愛する夫のディエゴは女遊びが終わることも無く、フリーダの妹とも関係を持ち、フリーダ自身も男女関係なく多くの人と関係を持つようになります。 彼女自身が苦しみを受け、そこから逃れる為に自ら苦しみを増やして行ったようにも見えました。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 37
Eika Akasaki

彼女の遺品は、彼女の死後ディエゴがクローゼットに封印しました。ディエゴの死後、ディエゴの遺言によって、その遺品は15年は封印するようパトロンに言付けられました。 そのパトロンも、自分の死後まではその封印を解かないと決め、遺品の封印が解かれたのはフリーダの死から58年後の2002年でした。 フリーダは伝統的な衣装を普段着として着用しており、キッチンなどを見ても分かるように、フリーダは伝統的なものや、先住民の文化や民芸をとても大切にしていました。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん)
Eika Akasaki

メキシコ人はとても家族や親族の絆が強いですが、フリーダの家族もきっとそうだったんだと思う。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 02
Eika Akasaki

フリーダの描いた、ディエゴと手を繋いでいる絵。 185cm100kgを超えたディエゴと、子どもの頃の病気や事故の後遺症でやせ細った小柄なフリーダ。 二人は1929年8月21日に、フリーダは22歳、ディエゴは43歳の時に周りの反対を押し切り結婚しました。 21歳もの年の差に、ヒキガエルとも言われたディエゴとモデルもしたことのあったフリーダ、「美女と野獣」とはまさにこのこと。 フリーダの母親はふたりのことを「象と鳩の結婚」だと表現したそうです。 この当時ディエゴはもうメキシコを代表する画家で超女ったらし、フリーダはそこまで有名では無かったのですが、フリーダの才能をディエゴは見抜いていたそうです。 女ったらしと分かっていて結婚したフリーダはどんな覚悟だったんだろうか…

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 03
Eika Akasaki

フリーダが生まれ、そして後にディエゴと暮らしたメキシコシティ南部コヨアカン地区にある、通称「青い家」。現在はフリーダ・カーロ博物館となっています。 最初、Av.Insurgentes Surの最寄りのバス停から歩いて向かっていたのですが、かなり遠いので途中でタクシーを使いました。結構遠いので最初からタクシーを拾えばよかった…と反省。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 17
Eika Akasaki

フリーダの為に特別に作られたものらしいです。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 18
Eika Akasaki

シミの付いたフリーダの使用していた車椅子。 この車椅子に座り絵を描き、時にはディエゴと話し、キスを交わし、そして後遺症の痛みで血の汗を流す日もあったと思います。 ディエゴがフリーダを乗せたこの車椅子を押したこともあったのかもしれません。

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Eika Akasaki

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 34
Eika Akasaki

今は無き国のマーク。 フリーダは旧ソ連の革命家のレオ・トロツキーなどを自宅に招待し、迎え入れています。

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Museo Frida Kahlo

  • Museum
  • History Museum
Address Londres 247
TEL +52 55 5658 5778
URL http://www.museofridakahlo.org.mx

Episode about Museo Frida Kahlo(43 Episodes)

フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 37
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

彼女の遺品は、彼女の死後ディエゴがクローゼットに封印しました。ディエゴの死後、ディエゴの遺言によって、その遺品は15年は封印するようパトロンに言付けられました。 そのパトロンも、自分の死後まではその封印を解かないと決め、遺品の封印が解かれたのはフリーダの死から58年後の2002年でした。 フリーダは伝統的な衣装を普段着として着用しており、キッチンなどを見ても分かるように、フリーダは伝統的なものや、先住民の文化や民芸をとても大切にしていました。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 07
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

血の流れた心臓には、無数の針が刺さっています。 幼少期の病気、想像を絶する事故、その後遺症に苦しまされた彼女の人生は、常に「死」を感じずにはいられなかったはずです。 それに加えて、愛する夫のディエゴは女遊びが終わることも無く、フリーダの妹とも関係を持ち、フリーダ自身も男女関係なく多くの人と関係を持つようになります。 彼女自身が苦しみを受け、そこから逃れる為に自ら苦しみを増やして行ったようにも見えました。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 06
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

博物館にはフリーダの絵だけではなく、作品や遺品、実際に使っていた物など、様々なものが展示されています。 これは彼女が作成した物かは失念しましたが、彼女をとてもよく表している物だと思います。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 02
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

フリーダの描いた、ディエゴと手を繋いでいる絵。 185cm100kgを超えたディエゴと、子どもの頃の病気や事故の後遺症でやせ細った小柄なフリーダ。 二人は1929年8月21日に、フリーダは22歳、ディエゴは43歳の時に周りの反対を押し切り結婚しました。 21歳もの年の差に、ヒキガエルとも言われたディエゴとモデルもしたことのあったフリーダ、「美女と野獣」とはまさにこのこと。 フリーダの母親はふたりのことを「象と鳩の結婚」だと表現したそうです。 この当時ディエゴはもうメキシコを代表する画家で超女ったらし、フリーダはそこまで有名では無かったのですが、フリーダの才能をディエゴは見抜いていたそうです。 女ったらしと分かっていて結婚したフリーダはどんな覚悟だったんだろうか…

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 04
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

フリーダは6歳の頃に、急性灰白髄炎で一年近く寝たきりになり、18歳の時には乗っていたバスが路面電車と衝突し、子宮には鉄棒が貫通し、背骨、肋骨、骨盤、鎖骨は砕け、右足はつぶれ、不自由だった右脚も10ヶ所以上が骨折するという悲惨な大事故に巻き込まれます。 それ以来、ギブスやコルセットや牽引で 固定され、乱暴な手術が繰り返され、彼女はギブスやコルセット無しでは生きられない体になりました。 彼女は政治活動にも参加しており、この絵にも表現されています。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 03
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

フリーダが生まれ、そして後にディエゴと暮らしたメキシコシティ南部コヨアカン地区にある、通称「青い家」。現在はフリーダ・カーロ博物館となっています。 最初、Av.Insurgentes Surの最寄りのバス停から歩いて向かっていたのですが、かなり遠いので途中でタクシーを使いました。結構遠いので最初からタクシーを拾えばよかった…と反省。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 19
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

光の沢山差し込むこのアトリエでフリーダは絵を描いていました。 後に知ったことですが、写真左側にある窓際の小さな壷には火葬されたフリーダの遺灰が入っているらしいです。 メキシコでは土葬も火葬も選べるようですが、フリーダは寝たきりになることはもう沢山、と生前から火葬を希望していたとのことです。切ない…。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 18
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

シミの付いたフリーダの使用していた車椅子。 この車椅子に座り絵を描き、時にはディエゴと話し、キスを交わし、そして後遺症の痛みで血の汗を流す日もあったと思います。 ディエゴがフリーダを乗せたこの車椅子を押したこともあったのかもしれません。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 22
Eika Akasaki
Eika Akasaki
Visited on 2014/09/24

フリーダの使っていたベッドと、フリーダのデスマスクです。 寝たきりの時は、上に貼られた鏡を見ながら自画像を描くこともあったようです。 亡くなる4年前と1年前には、右足の切断手術を行なっており、ベッドでの時間も増えていきました。

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フリーダ・カーロ美術館(Museo Frida Kahlo)(Federal District, メキシコ)|【メキシコシティ】フリーダ・カーロ、愛憎の芸術家のミュージアム。(Eika Akasakiさん) - 20
Eika Akasaki
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Visited on 2014/09/24

アトリエに掛けられていた胎児の絵です。 フリーダは三回妊娠しましたが、事故の後遺症で出産を医師から禁じられ中絶(や流産)を余儀なくされ、子どもを持つことが叶いませんでした。 どのような気持ちでこの絵を壁にかけたのでしょうか…

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