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奄美博物館

奄美博物館(鹿児島県, 日本)の口コミ情報と旅行記、奄美博物館までの行き方や地図をまとめています。奄美博物館の他にも鹿児島県、 日本のおすすめスポットを紹介しており、みんなの口コミから自分だけの旅行プランを立てることが可能です。

奄美博物館(鹿児島県, 日本)|「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ(Baroness カルメン 麻樹  さん) - 06
Baroness カルメン 麻樹

美しい大島紬の様々な紋様を再び目にした後は、神の住む山へ至るカミミチを抜け、アマミノクロウサギ、ルリカケスの潜む原生林へと。 海から来たモノは、森にいもーる。

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県

奄美博物館(鹿児島県, 日本)|「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ(Baroness カルメン 麻樹  さん)
Baroness カルメン 麻樹

航海記5 奄美パーク内シマの歴史展示館にて、神への祈りと言わば口寄せの役割を持つノロとユタの風景。 ノロはシマでは代々女性が受け継ぐ役割であり、ノロの女性が娘を産めば自動的にその娘もノロとなる。一年を通してシマの行事にはノロが鎮座し、その年の収穫物を供えられ、食す。 対しユタとは、修験を積みユタになる事を許され、基本的には群れずに村人の依頼時に、占い、祈る個人事業主である。 愛する男が死んだ際、母が反物のまましまっていた薄緑の美しい付け下げを仕立てて貰い、男が肌身離さず身に付けていた麻糸に沢山の御守りが付いた重いネックレスを首に下げて、当時働いていたバーに沢山の友達を呼び、お別れ会をした。(Profile pic of the FB) 「想い出の品を少しずつこのヘンプに付けていってる、きっと僕が死ぬ前には、物凄く重いネックレスになるよ。」 ネックレスの麻糸がほつれるたび、器用に余ったゴムや紐で補修しながら、彼は言っていた。私もまた彼に習い、ほつれた麻糸に男が破れても履き続けたジーンズの切れ端を巻き付け、ネックレスを補強する。 お別れ会が終わった後に出向いた別のバーである人に「あら、どうしたの。着物だし、そのネックレス、、イタコ?」と突っ込まれた。ある意味当たっていた。 もうこれ以上重くならないネックレスは、外してあなたの首にかけてある。

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県, 鹿児島県

奄美博物館(鹿児島県, 日本)|「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ(Baroness カルメン 麻樹  さん) - 02
Baroness カルメン 麻樹

心臓の上に魔除けの紋様を入れ、酒を愛し、不浄とされる月のものに急き立てられるように空を飛び海を行き、

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県

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写真のノロが手に取っている恐らく愛する者達の髑髏は、その手から何処に渡ったのだろうか。

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県

奄美博物館(鹿児島県, 日本)|「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ(Baroness カルメン 麻樹  さん) - 04
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この島をやっと訪れた私はとどのつまり、ネリヤカナヤを探しているのだ。

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県

奄美博物館(鹿児島県, 日本)|「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ(Baroness カルメン 麻樹  さん) - 05
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この岩を抜ければ、神の住む山へ辿り着く。

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県

奄美博物館(鹿児島県, 日本)|「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ(Baroness カルメン 麻樹  さん) - 07
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ビールを飲んだら田中一村美術館目指し奄美パーク内へ。 奄美の歴史や風土が老若男女問わず判る様、興味深い演出がされている。やばい、面白い、美術館に辿り着くまでのまさかの穴馬だった。 ビールを飲んだら田中一村美術館目指し奄美パーク内へ。 奄美の歴史や風土が老若男女問わず判る様、興味深い演出がされている。やばい、面白い、美術館に辿り着くまでのまさかの穴馬だった。 シマのアミニズムに基づくコスモロジーの図解の前にて、立ち尽くす。

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県

奄美博物館(鹿児島県, 日本)|「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ(Baroness カルメン 麻樹  さん) - 08
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航海記6 一時間で一村美術館に移動するつもりが、奄美パークの面白さにぞっこん、ゆうに三時間は経過していた。果たして閉館までに美術館へ辿り着けるのか。斜め見をしたくても一点一点いちいち展示品が興味深く、いちいち一点ずつ夢中になってしまう。 奄美の昔の暮らしを再現したコーナー、先客がいる、とビクッとしたら人形だった。人形がいちいち奄美言葉で話しかけるのである、無視など出来る訳がない。 縁側に腰掛けた奥様は絣の着物を着て絹をこより、紬糸作りに忙しく、台所では子供達が遊んでいる。 靴を脱いでお上がり下さいと床の間にお邪魔すれば、遠路遥々ようこそおいで下さいました、アンタ良い人だよと日めくりカレンダーが挨拶し、テーブル前に腰掛けると奄美の昔話が始まった。いやはやもう、充分にもてなして頂いて、と失礼したが表では奄美大島、喜界島や沖永良部等それぞれの方言を解説してくれる。 全ての島言葉、全く意味が分からないし、島によって言葉が違い過ぎる。海を少し渡っただけでこれ程言葉が変わるとは、昔は小さな島ひとつひとつがそれこそ世界の全てだったのだろう。奄美弁は難し過ぎて、いもーれ。しか覚えていない。

『 「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ 』より 奄美博物館, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県, 鹿児島県

  • 博物館
住所 名瀬長浜町517
電話番号 +81 997-54-1210

  • エピソード・口コミ(8)

    2016.11.17 に訪問

    美しい大島紬の様々な紋様を再び目にした後は、神の住む山へ至るカミミチを抜け、アマミノクロウサギ、ルリカケスの潜む原生林へと。 海から来たモノは、森にいもーる。

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
    2016.11.17 に訪問

    航海記5 奄美パーク内シマの歴史展示館にて、神への祈りと言わば口寄せの役割を持つノロとユタの風景。 ノロはシマでは代々女性が受け継ぐ役割であり、ノロの女性が娘を産めば自動的にその娘もノロとなる。一年を通してシマの行事にはノロが鎮座し、その年の収穫物を供えられ、食す。 対しユタとは、修験を積みユタになる事を許され、基本的には群れずに村人の依頼時に、占い、祈る個人事業主である。 愛する男が死んだ際、母が反物のまましまっていた薄緑の美しい付け下げを仕立てて貰い、男が肌身離さず身に付けていた麻糸に沢山の御守りが付いた重いネックレスを首に下げて、当時働いていたバーに沢山の友達を呼び、お別れ会をした。(Profile pic of the FB) 「想い出の品を少しずつこのヘンプに付けていってる、きっと僕が死ぬ前には、物凄く重いネックレスになるよ。」 ネックレスの麻糸がほつれるたび、器用に余ったゴムや紐で補修しながら、彼は言っていた。私もまた彼に習い、ほつれた麻糸に男が破れても履き続けたジーンズの切れ端を巻き付け、ネックレスを補強する。 お別れ会が終わった後に出向いた別のバーである人に「あら、どうしたの。着物だし、そのネックレス、、イタコ?」と突っ込まれた。ある意味当たっていた。 もうこれ以上重くならないネックレスは、外してあなたの首にかけてある。

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
    2016.11.17 に訪問

    心臓の上に魔除けの紋様を入れ、酒を愛し、不浄とされる月のものに急き立てられるように空を飛び海を行き、

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
    2016.11.17 に訪問

    写真のノロが手に取っている恐らく愛する者達の髑髏は、その手から何処に渡ったのだろうか。

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
    2016.11.17 に訪問

    この島をやっと訪れた私はとどのつまり、ネリヤカナヤを探しているのだ。

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
    2016.11.17 に訪問

    この岩を抜ければ、神の住む山へ辿り着く。

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
    2016.11.17 に訪問

    ビールを飲んだら田中一村美術館目指し奄美パーク内へ。 奄美の歴史や風土が老若男女問わず判る様、興味深い演出がされている。やばい、面白い、美術館に辿り着くまでのまさかの穴馬だった。 ビールを飲んだら田中一村美術館目指し奄美パーク内へ。 奄美の歴史や風土が老若男女問わず判る様、興味深い演出がされている。やばい、面白い、美術館に辿り着くまでのまさかの穴馬だった。 シマのアミニズムに基づくコスモロジーの図解の前にて、立ち尽くす。

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
    2016.11.17 に訪問

    航海記6 一時間で一村美術館に移動するつもりが、奄美パークの面白さにぞっこん、ゆうに三時間は経過していた。果たして閉館までに美術館へ辿り着けるのか。斜め見をしたくても一点一点いちいち展示品が興味深く、いちいち一点ずつ夢中になってしまう。 奄美の昔の暮らしを再現したコーナー、先客がいる、とビクッとしたら人形だった。人形がいちいち奄美言葉で話しかけるのである、無視など出来る訳がない。 縁側に腰掛けた奥様は絣の着物を着て絹をこより、紬糸作りに忙しく、台所では子供達が遊んでいる。 靴を脱いでお上がり下さいと床の間にお邪魔すれば、遠路遥々ようこそおいで下さいました、アンタ良い人だよと日めくりカレンダーが挨拶し、テーブル前に腰掛けると奄美の昔話が始まった。いやはやもう、充分にもてなして頂いて、と失礼したが表では奄美大島、喜界島や沖永良部等それぞれの方言を解説してくれる。 全ての島言葉、全く意味が分からないし、島によって言葉が違い過ぎる。海を少し渡っただけでこれ程言葉が変わるとは、昔は小さな島ひとつひとつがそれこそ世界の全てだったのだろう。奄美弁は難し過ぎて、いもーれ。しか覚えていない。

    最終更新:2017.08.09 19:06
    旅行記 『「ネリヤカナヤまで。」田中一村、大島紬、オスプレイ』 より
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