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Tjentište

Tjentište(Republika Srpska, ボスニア・ヘルツェゴビナ)の口コミ情報と旅行記、Tjentišteまでの行き方や地図をまとめています。Tjentišteの他にもRepublika Srpska、 ボスニア・ヘルツェゴビナのおすすめスポットを紹介しており、みんなの口コミから自分だけの旅行プランを立てることが可能です。

Tjentište(Republika Srpska, ボスニア・ヘルツェゴビナ)|スポメニック[Spomenik]をぶっつけ本番で巡る旅 その4 ティヤンティシュテ(Sougakuさん)
Sougaku

モニュメント近くの廃墟ホテル

『 スポメニック[Spomenik]をぶっつけ本番で巡る旅 その4 ティヤンティシュテ 』より Tjentište, Republika Srpska

Tjentište(Republika Srpska, ボスニア・ヘルツェゴビナ)|スポメニック[Spomenik]をぶっつけ本番で巡る旅 その4 ティヤンティシュテ(Sougakuさん) - 02
Sougaku

近くのキャンプ場に併設された別荘。しかしここも廃墟。廃れに廃れている。 実は帰りのバスでひとつエピソードがある。バス停はここから少し離れた古ぼけたレストラン前にある。時間があったので軽食を取った。時間通りに店を出てバスを待つが20分待っても来ない。もしかして逃した…!?不安になる僕の背後でレストランは閉店の準備をせっせとしている。気づけば僕は彼らを手伝っていた。パニックだったのだ。絶望に暮れていると店の人が「サラエボに帰りたいのか?」と話してきた。僕がそうだと言うと、「フォチャまでは無料で送ってやろう。もしサラエボに行きたいのなら80ユーロだ」と言われた。それは高すぎる。 最悪フォチャで野宿を念頭に入れながら車に乗せてもらった。気のいい彼の名前はウラディミールと言った。車のルームミラーには十字架が揺れていて、頭の中では80ユーロと無償の愛が交互にこだました。世間話の中で僕がこの旅の目的について話すと彼は「俺のおじいちゃんや親戚はムスリムに殺されたんだ」とポツリとつぶやいた。バルカン半島の人々で喪失を感じていない人なんていない。

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近づけば、無数の顔があるのがわかる。表情は、ない。

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少し離れれば、岩山がよく見える。ここは谷のような地形で、翼というより渓谷をモチーフにしたかもしれない。

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フォチャからティヤンティシュテ行きのバスに乗るためバス停を探すも、見つからない。田舎町で英語を話せる人はいなかったが身振り手振りで必死になって訴えたら、運良くバスステーションまで案内してくれた。3時間後そこから小さいバンに乗る。山道を2時間ほど行き、日が暮れ始めたころようやく僕はティヤンティシュテに着くことができた。降りたのは僕だけでバンの中の現地の人がみんなで手を振ってくれたのを覚えている。 美しく複雑な2本の翼。反対側には戦死者の名前が刻まれた円形の段差がある。近寄るとその翼を成すのはデフォルメされた人間たちだ。希望の祈りは屍によって創られていた。

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  • エピソード・口コミ(5)

    2013.09.26 に訪問

    近づけば、無数の顔があるのがわかる。表情は、ない。

    最終更新:2017.06.26 05:40
    旅行記 『スポメニック[Spomenik]をぶっつけ本番で巡る旅 その4 ティヤンティシュテ』 より
    2013.09.26 に訪問

    少し離れれば、岩山がよく見える。ここは谷のような地形で、翼というより渓谷をモチーフにしたかもしれない。

    最終更新:2017.06.26 05:40
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    2013.09.26 に訪問

    フォチャからティヤンティシュテ行きのバスに乗るためバス停を探すも、見つからない。田舎町で英語を話せる人はいなかったが身振り手振りで必死になって訴えたら、運良くバスステーションまで案内してくれた。3時間後そこから小さいバンに乗る。山道を2時間ほど行き、日が暮れ始めたころようやく僕はティヤンティシュテに着くことができた。降りたのは僕だけでバンの中の現地の人がみんなで手を振ってくれたのを覚えている。 美しく複雑な2本の翼。反対側には戦死者の名前が刻まれた円形の段差がある。近寄るとその翼を成すのはデフォルメされた人間たちだ。希望の祈りは屍によって創られていた。

    最終更新:2017.06.26 05:40
    旅行記 『スポメニック[Spomenik]をぶっつけ本番で巡る旅 その4 ティヤンティシュテ』 より
    2013.09.26 に訪問

    モニュメント近くの廃墟ホテル

    最終更新:2017.06.26 05:04
    旅行記 『スポメニック[Spomenik]をぶっつけ本番で巡る旅 その4 ティヤンティシュテ』 より
    2013.09.26 に訪問

    近くのキャンプ場に併設された別荘。しかしここも廃墟。廃れに廃れている。 実は帰りのバスでひとつエピソードがある。バス停はここから少し離れた古ぼけたレストラン前にある。時間があったので軽食を取った。時間通りに店を出てバスを待つが20分待っても来ない。もしかして逃した…!?不安になる僕の背後でレストランは閉店の準備をせっせとしている。気づけば僕は彼らを手伝っていた。パニックだったのだ。絶望に暮れていると店の人が「サラエボに帰りたいのか?」と話してきた。僕がそうだと言うと、「フォチャまでは無料で送ってやろう。もしサラエボに行きたいのなら80ユーロだ」と言われた。それは高すぎる。 最悪フォチャで野宿を念頭に入れながら車に乗せてもらった。気のいい彼の名前はウラディミールと言った。車のルームミラーには十字架が揺れていて、頭の中では80ユーロと無償の愛が交互にこだました。世間話の中で僕がこの旅の目的について話すと彼は「俺のおじいちゃんや親戚はムスリムに殺されたんだ」とポツリとつぶやいた。バルカン半島の人々で喪失を感じていない人なんていない。

    最終更新:2017.06.26 05:04
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